「Transformers Qualia」から移行作業継続中【トランスフォーマーレビュー記事等、本年度中完了予定】

映画『ダークナイト』ダークナイト三部作第二章~不敵な笑いがゴッサムの街に木霊する~:感想

映画『ダークナイト』ダークナイト三部作第二章~不敵な笑いがゴッサムの街に木霊する~:感想
Advertisement


『ダークナイト』(2008年08月09日公開)

原題:The Dark Knight
監督:クリストファー・ノーラン
ジャンル:アクション、ファンタジー

“150分丸ごとジョーカーのお遊び。
そして衝撃のラストで本作はただのアメコミ映画から伝説となる。”

総合評価:★★★★☆

「ダークナイト三部作」についてはこちら
前作「バットマン ビギンズ」についてはこちら
最終作「ダークナイト ライジング」についてはこちら

イントロダクション

マフィアに汚染されたゴッサム・シティに、さらなる怪人が現れた。
その名は、ジョーカー(ヒース・レジャー)。父から虐待を受けた彼は、快楽性犯罪者だった。
銀行を襲って大金を奪ったジョーカーに、ゴッサム・シティの巨大企業の社長であり、バットマンでもあるウェイン(クリスチャン・ベール)は、ゴードン警部補(ゲイリー・オールドマン)と協力して、マフィアによるマネー・ロンダリングを摘発していく。

予告編
https://www.youtube.com/watch?v=vjx4aFQHaxI

Advertisement
以降ネタバレ注意!!!

 

 

 

次から次へと仕掛けられるジョーカーの“ショー”

口元が裂け、ピエロの様なメイクを施した奇人・ジョーカー
特殊能力があるわけでも強靭な肉体を持つわけでもない筈の彼が、次々にギャングや警察を殺していく様は視聴者を恐怖させ、
捕まえた人間の口にナイフを押し当てるシーンは見ているだけで背筋のゾッとする緊張を感じさせます。

数多いバットマンの宿敵の中でも、そんな狂気性と群を抜いた知名度を持つキャラクターが『ダークナイト』のメインヴィランです。

そして本作では、もはや彼が主役といっても差し支えがないほど、序盤から終盤まで彼の引き起こす怒涛の展開にバットマン、ハービー・デント、そして視聴者は翻弄されていきます。
全てにおいてバットマンの先を行く頭脳、超能力があるわけでもないのに誰もが彼に抱く恐れ。
並みのヴィランではない。ヒーローをじわりじわりと追い詰めていく本物のヴィランの姿が、作品の中で丁寧に描かれていきます。

息をもつかせぬその展開は、単純にアトラクション的な面白さがあり、それだけでも娯楽映画としては素晴らしい出来を感じさせます。
しかし本作をそれ以上の名作へと押し上げているのが、以降で語る哲学的なキャラクター間の関係性です。
「大人が楽しめるアメコミ」としての新境地を開いた前作に続き、本作もまたどの年代でも楽しめるポイントを持つ映画として完成されています。

バットマンとジョーカー

これは前作のラストで語られたロジックの延長ですが、バットマンの存在がさらなる悪を呼び、そして遂に誕生したのが今回のヴィラン・ジョーカーという悪意でした。
バットマンがいなければジョーカーは存在しなかったという現実は非常に救いがなく残酷なもので、それでもバットマンが優位に立てるのであればまだ救いもあったのですが…。
現実は無常。二人のスタンスの違いは現実世界で明確に優劣を決めてしまうのでした。

そのスタンスの違いについては、ある種やりすぎなほど繰り返し描かれることになります。

例えば序盤の銀行強盗のシーン。ジョーカーは自身の仲間(同じ仮面をかぶった)を次々に殺していきます。
しかし次に描かれるバットマンとスケアクロウとの対決で、バットマンは自身のコスプレをした人たちを無力化こそすれ殺すことはありません。

そうです。

そもそも人を「殺せる」ジョーカーと「殺せない」バットマンという明確なスタンスの違いが二人にはあるのです。
そしてこの致命的な違いが、作中でバットマンを苦しめ、ジョーカーを常に優位な立場へと押し上げてしまいます。
中盤バットポッドで迫るバットマンとの我慢比べでも、ジョーカーは「殺せない」バットマンを熟知しており、結果バットマンが堪らず避ける始末。

普通の映画なら、それでもスタンスを貫いてヒーローが勝利を収めるか、スタンスを多少捻じ曲げてでも最終的にはヒーローが勝つもの。
しかし『ダークナイト』はそうではない。
これは、バットマンの“敗北”の物語なのです。

バットマンとトゥーフェイス

マフィアやスケアクロウを始めとした悪の蔓延る街「ゴッサム」において、正義を掲げ誕生したのが地方検事ハービー・デントです。
彼は法に則り、バットマンとは違う正攻法で悪人たちと対峙していき、市民からも大きく支持を集めます。
そんな彼をいつしか人々は、“光の騎士”と呼ぶように。

バットマンとジョーカーの対比関係は簡単に上に記述しましたが、本編ではハービーとの対比も色濃く描かれています。
「不殺」を掲げていても違法行為お構いなしのバットマンと、あくまで法的手段で正義を執行するハービー
そんな姿にバットマンも、この街を救う本当のヒーローは彼であると考えるように。

しかし少しでもバットマンについて知識がある人ならばもう最初から分かっちゃっているわけです。
「ハービー・デント」、その名前が持つ意味に。

そして大方の予想通り、終盤彼はジョーカーの“お遊び”によって顔を半分焼かれ、「トゥーフェイス」へと変貌をしてしまいます。
最愛の人レイチェルを殺され、街の腐敗に怒りを燃やすトゥーフェイスは、コイントスによって躊躇なく人殺しを行える紛れもないヴィランです。

ジョーカーの悪意にはバットマンも勝てず、正義の申し子ハービーすら悪の道へと堕とされた。
視聴者を襲うのは絶望と諦観。もう勝ち目はない…。
この徹底的にバットマンと視聴者を追い詰める演出は本作の素晴らしい魅力ですね。

そして悪意に勝てず、正義の申し子すら失ったバットマンは、最後の「選択」をします。

それは正義を伝説にすること。
人間の枠では決して勝てない悪意に立ち向かうため、ハービー・デントという正義を、伝説として、象徴として語り継がせる道を選びます。
そして自身はトゥーフェイスの行った悪事の全てを肩代わりして、ゴッサムの表舞台から去る決意をします。

止めるジムに対してバットマンは躊躇せずこう言い放ちます。

「ゴッサムのためなら何にでもなる」

そして彼は“光の騎士”の闇を一手に担い、“闇の騎士(ダークナイト)”となるのでした。

タイトルの持つ意味。
ジョーカーから煮え湯を飲まされ続けたバットマンが、最後の最後で辿り着く「選択」。
その余韻が、この作品を唯一無二の名作へと押し上げています。
こんな展開、他のアメコミヒーローで描けるでしょうか。まさに“バットマンだからこそ”をとことん突き詰めた結果ではないでしょうか。うん、素晴らしい。

映画関連カテゴリの最新記事